シリコンバレーで働く普通のサラリーマンの日記

タイトルの通りです。趣味として始めましたので特に気負わずいこうと思います。

日本の雇用形態は奴隷制?

これまで伝統的な日本の大企業に勤めてきましたが、つい最近になって、日本企業とは全く文化が異なるアメリカ企業に勤めることになりました。しかも日本法人ではなくアメリカにある本社勤務です。
 
バリバリのアメリカ企業で働くことはもちろん初めてなのですが、その労働環境のあまりの違いに、「これは一体なぜなんだろう!?」と日々悶々としていたのですが、池田信夫さんの記事を読んで共感する点が多かったので、あわせて自分の考えも整理しておきたいと思います。
 
この記事、「「正社員」という奴隷制」というなかなか刺激的なタイトル。
「奴隷」ですよ?いくらなんでもちょっと言い過ぎじゃない?という感じもしますが、内容を読むとそれなりに「なるほど」と思うところがあります。
 
不勉強なためここで初めて知りましたが、組織の構造として、①「オーナーシップ」と②「メンバーシップ」という二つの分類をする手法があるそうで。欧米を初めとする資本主義国では①「オーナーシップ」を採用し、その名の通り資本を持つ者が組織のオーナーとなり、その組織で働く人への指揮命令を可能とする仕組みになっている。
 
日本は形式的にはこの資本主義的な形を取りながらも、実質的には②「メンバーシップ」型の組織構造が主流派となっている。②「メンバーシップ」では実質的に指揮命令権を持つ外部オーナーが不在で、その代わりに組織を構成する構成員(正社員)が自治しているような、むしろ民主主義的なやり方です。
 
一見すると、どちらかと言うと構造的に「奴隷」に近いのは、①「オーナーシップ」なんじゃないだろうかとも思えますが、近年多くの資本主義国では労働者が自分自身を管理していて、オーナーや組織を自ら選ぶ権利と機会が与えられているので、自分の待遇が気に食わない労働者は別の機会を探す権利を行使でき、労働者として優秀で希少価値があればあるほどその力を増します。この点で、自分自身を所有するのが他人であったかつての「奴隷」とはかなり違う存在になっているのが分かります。
 
一方、日本においては建前上は資本主義国なのですが、②「メンバーシップ」の性質的に構成員(正社員)を囲い込む傾向にあり、その結果雇用の流動性が失われることになります。つまり、転職市場が一般的な資本主義国と比較すると貧弱で、転職の際にはかなりのキャリアダウンを覚悟する必要があります。これは自分の体感に当てはめてみても納得で、伝統的な日本企業で出世するのは新卒から入社していた、いわゆる「プロパー社員」であることが殆どであるというのは世間常識で、自分の体験でも特殊なケースを除くと全くその通りです。雇われの労働者のまま、こうした日本企業の呪縛から逃れるためにはいわゆる「外資系企業」に逃れる必要があるわけですが、外資系企業の本社機能は当然「海外」にあるわけで、多くの日本人は、そうした外資系企業の「日本支店」の仕事で我慢(内容的にも待遇的にも本社に劣る)するか、もしくは本社の花形部署で働くためには日本から脱出する必要があり、後者の選択肢は多くの日本人にとって能力的にも環境的にも難しい問題であると感じています。結果、労働環境に対する選択肢が失われ、今の所属組織の中で認められるための努力に全力を尽くすという内向きな活動に没頭することになります。これが結果的にかつての「奴隷」に近い存在であるという指摘が記事のタイトルに繋がっています(なんか書いてて悲しくなってきた)。
 
個人的には、縛られる対象がオーナーではなく自分自身も参加している共同体なので、これもやはり「奴隷」とは大分本質が異なるのではないかと思いますが、行動の傾向が奴隷に近くなるという現象自体はそうかもなと思いました。
 
労働者にとってはどちらが良くてどちらが悪いという話ではないと思っています。①「オーナーシップ」では労働者は多くの選択肢を持つ代わりに、能力を証明し続けないと自分の身分は保証されません(ただ、日本人はこれを実態以上に過大に見積もっている気もしますが)。一方、②「メンバーシップ」では労働者は労働環境に関する選択肢を持たない代わりに組織に身分を保証してもらえます。
 
最後はその労働者の能力と志向、周辺環境によってくると思いますが、やはりどちらを選ぶか、選択肢はあるようにしておきたいですね。